思索の旅路〜恐れの扉ともち〜

日々の感じたことや考えたことを綴っていきます。また、日々の書くということの取り組みの記録です。

文章筋トレ10分(自主トレ)

さてさて満員電車の日である。


まだ乗っているわけではないけれど、遅延しているのでもうほどほど確定である。


なぜ満員電車に乗るのか。乗っている光景は、異様である。狂気の沙汰である。


というようなことを、文章に書いている人がいた。


記事は見にしたが、その中身を読んだわけではない。


そうでなくても、どういうことであるかを考えてみる。


そもそも会社が一部に集中していることにより、またまた働き方も多様とは言える状況にはないのが実態であることを物語っている。


通勤電車に子どもと一緒に乗るということも基本的に無理である。


たまに1組やそこらが乗っていることはある。


でも基本的にすし詰めの状態の中で、毎日なんて無理な話である。


少し早く起きて出勤しても、毎日のように遅れている電車。


だんだんとエネルギーを奪われていくのがわかる。


すでに二本の電車に乗れていない。


この状況はなんなのか。全く持って意味不明である。


確かにこうした電車に黙って乗っているこの状況は異様なのだと思う。


思考していない自分はいる。


こういうものであると判断を保留している。


ようやく乗れたが、身動きを取れない。ギリギリ手だけは動かせている。


このまま乗って行った方がいいか。


乗り換えるのが正解か。


自分の乗った駅が異常であることに気づく。


なぜそうなっているのか。


もうなんだかんだで時間になりそうだ。


打つ手も変わり4分の1倍速くらいになって、時間を過ぎたので終えよう。